MJ is Dead
今朝ネットをパラパラやってた時に知った、マイケル・ジャクソンの死。享年50歳。
どうゆうわけか、最初に思ったことは、「ああ…やっぱりな…」だった。
そんな”予感”は、幼児虐待あたりからのエキセントリックな行動が最初で、ほんの数ヶ月前、いきなりの長期ロンドン公演をぶち上げたとき、それは、死地へ向かっている”予感”ではなく”実感”に変わり始めていた。
自分的には、別段強い思い入れは無いものの、女を釣るために『BAD』の頃、東京ドームに観に行ったことがある。その頃ってのは、HIP HOPや、NJSの誕生間近のR&Bの勢いが次第に大きくなりつつあった頃で、『Off The Wall』からのプロデューサー、クインシー・ジョーンズとの大作然とした作品のマンネリ化が、これをピークに音楽的には本来のブラックミュージックからかけ離れ、同じ黒人からは揶揄されていた時期。実際、HIP HOPやNJS旋風吹き荒れる前夜、ディスコでマイケルの曲など掛かることが無かったし、仮に掛かったとしてもノリにくかっただろう。後に、時の人、テディ・ライリーに擦り寄って作り上げた『Dangerous』では、”天井人下野”じゃないけど、はやりの音で、バルセロナオリンピックのドリーム・チームに沸くマイケル以上のスーパースター、マイケル・ジョーダン、マジック・ジョンソンをなりふり構わずPVに駆り出し(エディ・マーフィー、Heavy D、ホーム・アローン人気のマコーレ・カルキン、ガキラッパーのクリス・クロスなんかもいた)権威回復を目論んだが(結構いい曲が多い)、そんな直後の虐待報道。それ以降のマイケルは、音楽的な評価以前に好奇の目に曝される珍獣のごとく扱いで、後の『HIStory』ではR.Kelly人気にあやかった『You're Not Alone』があったものの、以前ほどの注目をされることはもうなくなってしまった。
さて、芋ヲタ的には、YMOとマイコーの関係も語らなければならないだろう。
YMOのセカンドアルバム『Solid State Survivor』に収録されている『Behind The Mask』。いかにもロック然としたコード進行で作られたこの曲は、元々セイコーのCM用に78年製作したイントロ→Aメロだけだった曲にサビの部分を幸宏が追加して、『作詞:クリス・モスデル、作曲:坂本龍一・高橋幸宏』だったものを、プロデューサーのクインシーがLAのYMOのライブでこの曲を気に入りマイケル聴かせ、マイケル自身がメロディーを追加し補作詞をしたこの曲は当初、『Thriller』に収録される予定で、実際、トラックまで作られていた。そして、その話がYMOサイドに来たとき、マイケル側は法外な条件を提示してきた。
”版権を委譲し、クレジットにはマイケルの名前だけを載せること”
その話を前後して、作曲者である教授、幸宏間でこの曲の版権の分配を巡って争いをしていた…そんな問題がようやく解決した頃のこと、結局”作曲者”は、坂本龍一一人になったのだが、マイケル側から提示してきたその条件に加えて、「とりあえずどんなもん作ったのかデモを聴かせてみろや」という教授のオファーをもマイケル側は受け入れず、結局このトラックはお蔵入りになってしまった。後に、マイケルのアルバムを手伝っていたGreg Philinganesがそのマイケルが補作詞したヴァージョンでカヴァーし、何故かEric Craptonまでもがカヴァーして、周知の事となる。
あー、教授って凄いんだね。知ってたけど。[2009年7月7日加筆修正]
クインシーとの共同作業に脂が乗り始めた『Thriller』。派手なPVによって、表題曲だけがとりだたされるが、その最高傑作のアルバムの中に収められている『Billie Jean』。整形前の”本物”のマイコー。色も黒いし今見るとおかしな顔だが、それは、今を知っているからであって、その当時は何とも思わなかったのになあ。黒人であるというコンプレックスだったんだろうか。とにかく、ただただ合掌ですな。
マイケルの曲で一番好きなのはコレ。って、いってもリアルタイムでなく、DJを始めた頃にDISCOクラシックスとして聴いたのが初めて。80年代初頭親父に連れて行かれたムゲンの雰囲気が蘇ってくる名曲
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