トノバン逝く

トノバン。加藤和彦さんが、軽井沢のホテルで首吊り自殺…
享年62歳。細野サンと同級生なんだよな…

第一報をネットで知ったときまず最初に思ったのが、
「どうして…」
絶句した。

トノバンを初めて知ったのはサディスティック・ミカ・バンドの『黒船』。YMOを経由した後に遅まきながら聴いたのが彼の唄を知るきっかけだった。
自分らの世代ではフォーク・クルセダーズ等に対しての思い入れなどは全く無く、ミカバンドにしてもYMO以降に知ったくらいで…。
そんなトノバンに対する当時の印象は、YMOの流れに便乗している…キザなオッサンというカンジだった(苦笑)

ミカバンド解散後、{ミカバンド=YMO}人脈を駆使して作り上げられた「ガーディニア」から「ヴェネチア」までのソフトロックからニューウェーブの時代を経て、ヨーロッパ的なロマンチシズムに裏打ちされた彼特有のダンディズムを体現させたソロ作は、ブライアン・フェリーの向こうを張れるほどの存在感があったと思う。そこまでは結構好きで聴いていたが、そんな彼の根底に宿している本質は日本では殆ど受け入れられることなく、"知る人ぞ知る"、ミカバンドの~、フォークルの~的な評価しか下っていないのではないだろうかと…。
音源を早回しにした「帰ってきたヨッパライ」のフォークル時代、日本で初めてコンサートにPAを持ち込み、ロキシー・ミュージックと全英ツアーを行ったミカバンド時代を経て、ヨーロッパ三部作を始めとする海外録音で作り上げた数々のソロ作…と、いつの世も常に先進的な感覚、時代を捉えるセンスに長け、それを自らの作品に遺憾なくフィードバックできる数少ないアーティストだったのだが…

20年ほど前、桐島かれんを迎えてミカバンドの最初の再結成以降、伴侶の安井かずみさんを亡くされ、それ以降は自分もあまり彼の活動には関心を持たなかったが、数年前には木村カエラを迎えて再々結成したミカバンドでは、額は後退すれこそジジイになっても相変わらずダンディでお元気なお姿お見受けしていたのに、どうして今の、この時に自ら命を絶たなければならなかったのか…
それだけが気がかりでなりません。

86年だったか…FMの特番で、幸宏と小原礼、大村憲司、越美晴、スティーヴ・ジャンセンなどを始めとする当時の幸宏バンドのツアーメンバーと一緒に、New York Confidential,I Saw The Right、その他数曲をセッションしていたのが思い出されます。
ユキヒロくんはかなりショックだろうな…

とにかくご冥福をお祈りします。

1985年に行われた国内のミュージシャンが総結集した『ALL TOGETHER NOW』(はっぴぃえんど再結成や山下久美子のポロリなんかがあった)
これは本来、ライブエイドに組み込まれるはずだった伝説のイベントで、自分も初めて見るんですが、その中で結成された、『サディスティック・ユーミン・バンド』(加藤・高中・高橋・坂本・後藤・ユーミン)の演奏でこの「シンガプーラ」のほかにも、YMOの「Seoul Music」、ユーミンの「Down Town Boy」など、各メンバーの曲をメドレーで演奏した一風変わった構成。初めから商品化される予定が無い記録映像としての側面が強いようで、雨上がりのあとの靄なのかスモークなのか、おぼろげに映し出されるメンバーの姿がどこか幻想的。

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1983

黒のダブルジャケット。襟のない真っ赤なシャツ。腰に巻かれた帯革。参謀モールを模したゴールドチェーン。腕にはスカーフが巻かれ、濃いアイシャドーにチーク…
まるで廃墟のような佇まいのステージには細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏、イエロー・マジック・オーケストラの3人のシルエット。
そこに集った1万人は、その最後の姿、紡ぎ出される音を委細見逃さんと五感を研ぎ澄ましているxxxxx

xxxxx1983年。
YMOを追いかけ続けるリスナーにとっては、NHKで元旦に発表された世界コミュニケーション年のキャンペーンソング、『以心電信』とともに幕開けするこの一年の先に、まさか"解散"が待ち受けていることなどこの時点では知る由もない。
この春リリースされた新作、『浮気なぼくら』では、ニューウェーブ、インダストリアルな前作から歌謡曲路線にシフトした。新しいアルバムがリリースされるたびその姿を変えファンの要望を裏切り続けてきた彼らが、前年の一風堂のヒットにかすかに背中を押され?…出した答え…だった。そして、化粧品CMのタイアップでシングルカットされた『君に、胸キュン。』がヒットチャートを席巻し、テレビにも積極的に出演し、また時を同じくして、坂本龍一、教授が、ビートたけしとともに『戦場のメリークリスマス』で役者として脚光を浴びる。音楽監督も担当し、サントラ『Merry Christmas Mr. Lawrence』は、サウンドトラックのアルバムとしては異例のセールスを記録する。
かつてないほどに彼らはTVに露出する事となるのだが、教授に負けず劣らず、高橋幸宏はオールナイトニッポンのパーソナリティーを勤め、ソロアルバム『薔薇色の明日』リリースと同時にツアーを行い、細野晴臣はかつての盟友、松本隆と組んで松田聖子、更には中森明菜と、当時を代表する二大アイドルへの楽曲提供。『天国のキッス』が、『君に胸キュン。』のオリコン1位を阻止するという事態まで起こる。YMOの活動と同時に、メンバーそれぞれが個人活動も精力的に行い、秋、『戦メリ』で共演したデヴィッド・ボウイが来日。ナイル・ロジャースの手によってダンスミュージックとして生まれ変わったボウイの新作『Let's Dance』は勃興し始めたMTV効果もあって世界を席巻し、シリアス・ムーンライト・ツアーの一環として日本公演が横浜スタジアムで行い、テレビ朝日の来日特番では、3人が揃ってゲスト出演。中森明菜に楽曲提供した際にダメ出しされて没になった曲を再構築した『過激な淑女』、『以心電信』で最後の夜ヒット出演。
そして雑誌『GORO』のインタビューでYMOの終焉を示唆。この時点では、『散開』という言葉はまだ無い。
11月23日。ついにYMOのラストツアー、『1983 YMO JAPAN TOUR』が、札幌、道立産業共進会場を皮切りに、サポートに、このツアーに参加するためにABCを辞めたデヴィッド・パーマー。11月28日、愛知県体育館、29、30日、大阪城ホール、12月3日、郡山総合体育館、12、13日、日本武道館、19日、福岡国際センター、そして、最終日22日、日本武道館での雑誌『2001年』協賛、世界コミュニケーション年を記念したチャリティーコンサート。事実上のYMOとしての最終公演であるxxxxx

xxxxx重低音のうねり。それをかき消さんばかりに"これが最後"なんだという悲壮感を伴い響き渡る嬌声。ステージ中央の扉が開き、スモークの中から現れる3人のシルエット。これからの数時間をもってこの世から存在が消えてしまうYMOという生き物。
シモンズのセットに納まる幸宏。プロフェット5、T-8に囲まれている教授。一番最後に、ゆっくりとブースに向かう細野。次第に重低音は速度を失くし馴染みのイントロに変わった瞬間、その嬌声は歓声に変わり、廃墟を模したステージに光が落ちる。曲は、『東風』。
中から聴こえてくる僅かな音像とそれを上回る歓声。それを寒空の下、ツイードのコートのポケットに手を入れ武道館の前で必死に聴き取ろうと耳を凝らしてる中学生がいた。
それが、俺だった。

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1983 YMO JAPAN TOUR

いやーとにかく、どういった訳か多忙を極めておりまして、こちら久々の投稿。
そんな間に政権交代、そしてノリPが釈放されて…と、世の中の動きに全く気を留めてられない忙しさだったワケでして…
で、今週は、『シルバーウイーク』
んなもん、あったとはあずかり知らずも、とりあえずまとまった休みが取れやした。(あざーす)
それで、この連休、溜まった疲れを取ろうと、どこにも行かず家でボーっとしてるんですが、逆に疲れすぎちゃってどーも眠れないし気分が優れない…こんな時にはYMOの散開ライブ盤、『AFTER SERVICE』を聞きながらベットに入るとアラ不思議!『中国女』辺りでスーッと眠ってしまう。
かつては、修学旅行の前の日、キャンプの前の日…などなど、大事なイベント前夜に興奮を抑えられずなかなか眠りにつけないときは決まってコレを聴くと、知らずのうちに眠ってしまうという魔法の音源。
自分が常に聴いてるのは、オリジナルである『AFTER SERVICE』ではなく、ブライアン・イーノ(何で?)がリミックスした『COMPLETE SERVICE』。こっちのほうは、客電が消えてPropagandaを頭から収録されているのと、オリジナル盤に収録されなかった数曲(22日演奏分)を追加し、Technopolis~Rydeenメドレーが一番最後に来る、1983年12月22日の曲順。(オリジナル版は12月12-13日の曲順を踏襲し、Propagandaは途中から収録)
さて、この『散開』と銘打って仰々しいまでに荘厳に行われた最後のツアー。
デビューから、Trans Atlantic Tour、Technopolis 2000-20、From Tokio To Tokyoを経て、Winter Live 81と、この散開ツアーに至るまでのYMOのライブ史を振り返って見ると、ここにおけるライブパフォーマンスはそれ以前と較べ、明らかに『手抜き』であることは否めない。教授が担当したマイナスワンの『メインメロディ込みのバックトラック』のテープに合わせて、バッキングとソロしか弾かない教授。歌ものの時はデヴィッド・パーマーに任せて、インスト曲のみでしか叩かない幸宏のシンプルすぎるドラム。エレキベースを弾く時こそマトモだがシンセベースの曲の時は全く存在感がないホチョノちゃん。
う~ん...これはライブというよりは、確かに唄でなく演奏をあわせるカラオケ...って言ったほうがしっくりくるような…。
そこにMC-8が走ってないからダメなのか?、松武サンがいないからダメなのか...でも、ウインターライブだってMTRとのシンクロだし、アティチュードはほぼ同じなんだが…

その違いは教授なんだよな。ズバリ言うと。

メインメロディを弾かない教授。

それこそ近年は、HASや復活YMOなんかでは、キューボックスやプロフェットのつまみいじってるばっかりでコード弾いてるだけのごくごく当たり前の光景なんだけど、アンタ、自分のライブではちゃんと弾いてるじゃん!!
デヴァイス?…アレンジ?…楽曲?…
いやいや...原因は、教授だった。

坂本っちゃん!!メロディ弾けよ!!(今更言ってもしょうがないけど…)

でも、そんな散開な年の瀬に、まさにYMOが無くなってしまう…って時に、一番アツくなってた。
チケットないのに武道館に行った。ライブの模様を収録した『PROPAGANDA』は、同時発売されたビデオソフトがまだ高すぎた時代だったから、ビデオコンサートに、シアター・アプル、神奈川県民ホール、横須賀文化会館…と何度も観に行った。スカーフ、ツアーパンフ、ポスター、全部買った。そして根岸競馬場詣でをし、しまいにはその近くに引っ越してしまった。ドラムを始めたきっかけでもあるし…
まあ、いうなれば、音楽というものに真剣に取り組もうとした始まりが、このライブであり、1983年という年だったという事なのかの。


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恋のメガラバ

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新カテ 『今日のループ』

Q :『今日のループ』とは?

A :主に、You Tube、ニコ動などで、病み付きになって繰り返し何度も見てしまう中毒性のある動画を紹介するカテゴリー。

  えっ?そんなこと分かってる?失礼しやしたw

ちょっと古いけどこれとか・・・

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初恋の人からシンイチさんへお手紙が届きました。

シンイチ、ひさしぶり。
今でもデートのたびに水筒を持っていますか?当時、おばちゃんみたいだったシンイチをなつかしく思います。

少し上からものを言うシンイチが「スタイルだけは一流だな」などと失言してお別れすることになったあの日から、もう25年が経ったのですね。月日が流れるのは早いものです。

あ、そうそう、お手紙を書いたのには特に理由はないんです。ただ部屋の掃除をしていたらシンイチからの昔の手紙が出てきたから、なつかしくなって。びっくりさせてごめんなさい。

思い返してみると、いつも恋愛の主導権を握っているのはシンイチのほうでしたね。何を言っても言いくるめられたし、いつも夜に電話して泣かされていたか ら、寂しくて5人ぐらいキープをつくっていたような記憶があります。そういえば何を勘違いしたのか「おまえにはおれがいないとダメなんだよな」なんて言っ ていましたね。それを伝え聞いた学校の女子全員が爆笑していたのを覚えています。

そういえば私にとっては9人目の彼氏でも、シンイチにとっては初恋の相手なんですよね!今思い出した。そうそう、最初のころのシンイチは「元カノからまだ 連絡がくる。めんどくさい」なんて嘘ばっかり言ってて(笑)。妄想もそこまでいくかとこっちが恥ずかしくなったものです。

告白してくれたとき、シンイチは「おれは顔で選んでいない」って言ってくれましたよね。まるで人の気持ちを考えていないあたりは、シンイチらしいよなぁと、今でも頭に残っています。そういう空気を読めないところは、今もそのままなのだろうと思うと嬉しいです。

恋愛を総合的に考えれば、私はシンイチと付き合えたことを、とても感謝しています。つらいことをつらいと思わなくなったのも、イライラをうまく忘れられるようになったのも、シンイチのおかげです。

いろいろ書きましたが、私はシンイチのことがそれでも好きでした。これからもシンイチらしくいられるよう、そしてたまにはスーパー以外で洋服を買って(笑)、幸せをふりまいてください。

またいつか会いましょう。では。

P.S. よく「おれは爪の白い部分が広い!」って見せ付けてきましたよね。どうでもいいけど…。


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【短評】
タフで強気。女性を惹きつけるも、傷つけやすい。特に配慮に欠けた言動が目立ち、傷つけるだけでなく不安にさせる。
【あなたの恋愛事情を考察】
シンイチさんは基本的に、付き合っている相手を重苦しく感じて、面倒になるという展開が多いのではないでしょうか。シンイチさん自身は「飽きて冷めて別れるパターン」ぐらいにしか思っていないかもしれません。

しかし、こう考えることもできます。シンイチさんは、飽きないような対等以上のように思える女性(例えばモテモテな人)を避け、重苦しくなるような相手を無意識に選んでいるか、または相手の自信を奪い相手がおとなしくなるまでファイティングポーズをとっている・・・と。

例 えば感情の起伏が激しい人や、萎縮してあまり強く言えない人、おとなしい人や穏やかな人とばかり付き合ってきませんでしたか?これはシンイチさんがそうい う方向に持っていっているという側面もあるのです。そして、相手と競争しては負かし、自分で負かしたわりに相手の素敵さを感じられなくなっているのです。

ここから言える、シンイチさんにありそうな問題点を列挙します。

◆相手を傷つけやすく、萎縮させやすい。
◆自分が振り回されるような相手を無意識に避けるか、相手の自信を奪うまでヘコませる。
◆結果として相手に素敵さを感じなくなり、飽きて別れる。
【もっと上手な恋愛のために】

そういうタイプになったのはなぜなのか、もっとモテるためにはどうすればいいのか、もっと恋愛上手になるためにはどうすればいいのか、どう考えればいいのか。恋愛の疑問は尽きないと思います。

恋愛を深くまで知るのと知らないのでは、その後の人生の豊かさに大きな差があると思っています。なんとなく恋愛をしているだけでは、同じことを繰り返すな ど、成長速度に限界があります。そして、恋愛できる時間は、実質的に限られています。経験を積み重ねているだけではあっというまに時間は過ぎるのです。

我々はいつも恋愛を研究しています。
もしよければ、一緒に恋愛を学習しませんか?
スタートが早ければ早いほど、きっとあなたの恋愛人生に大きな影響を与え、役立つと思いますから。



当たってるような、外れてるような・・・・
http://letter.hanihoh.com/


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白いクスリ

のりピー捕まったね。いや、自ら出頭したのか...
もーどうでもいいことなんだけど。実際捕まっちまうと...

とりあえず、のりピーはどうやら不起訴なんて報道もあるようだけど、見せしめの意味も含めてなんとしても起訴まで持っていかないとダメなんじゃないの?
ま、高相、のりピー逮捕は、お塩のスケープゴートっていう意味合いが強いんだろうが、お塩の供述とか、報道なんかほとんどされないし、背後関係なんか調べたら、お塩のほうがかなりヤバそうな雰囲気がする。

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生きてても死んでても、既に社会的には抹殺されている

酒井法子容疑者に覚醒剤所持容疑で逮捕状…自宅から微量の覚醒剤押収

酒井法子容疑者、ATMで「逃走資金」引き出し衣類など大量購入…依然逃走中

昨日の↓エントリーの直後から、今日、8日朝の時点までで、進展したのりP失踪事件の続報。
よりによって、元人気アイドルの旦那が、覚醒剤所持で逮捕されたというだけでもセンセーショナルな事件なのに、旦那が捕まった後、子供を知人に預けて失踪(詳細は上記の通り)…と、お塩てんてー同様、かなりの大事となってしまいました。

とはいえ、罪は罪で、認めてしまったほうが、後が楽なのに、どうしてのりPは、逃げているんだろうか?
これはおそらく、自分に罪がかかる事以前に、自分が捕まることによって芋ずる式に、「えっ!?コイツも!?…アイツも!?」と、のりP以上の大御所な方々が、まとめて捕まる可能性が高いがため、それを公にさせないで一人で背負い込むつもりだからなんじゃないでしょうか?
なんせ、『責任感の強い子』らしいですから。

それにしても、ショックですわ。別に自分は、のりPのファンでもなんでもないですけど、これ…、イコール、『芸能人はみんなやってる』という、これまでは噂の域を出なかったモノが、ホントに噂ではなく、白日の下に曝されたような気がして・・・

しっかし、あの旦那、いくら別居してたとしても、嘘でも何でもついて罪は自分だけに抑えて庇ってやれよ。捕まった時電話で呼び出すって、どんだけ女房の威光傘にきてんだよ。過去に、のりP呼んで、もみ消した過去でもあんのか?

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芸能人は、ファンあっての自分だと言う事を分からないようで…

お塩てんてーがMDMA使用し、部屋に一緒に居た女性が死亡するという前代未聞の事件で逮捕。この事件だけとっても、てんてーの背後関係、これから芋ずる式に広がっていくであろう芸能界に蔓延る薬物汚染に一石を投じた大事件なのに、時を同じくして、酒井法子、のりピーの旦那が渋谷で覚醒剤所持で逮捕。その後、子供とともにのりピーが失踪。そして昨夜、大原麗子が死去...

と、この数日間で、目まぐるしく芸能界ではいろんなことが起って、2ch芸スポ板は何度も鯖が㌧㌦状態。昨夜になって、のりピーの子供は、無事保護されたようで一安心ですが、まだ、のりピーは失踪中。

ということで、熱い男たちが立ち上がった。

かつての「のりピー親衛隊」500人超が甲府駅に集結、今度は「のりピー捜索隊」へ

かつて「のりピー親衛隊」と呼ばれた熱狂的な酒井法子ファンがいた。
彼らは私的にファンクラブを結成していたが、そのほとんどは10年ほど前に解散していた。
しかし今回の酒井さん失踪を受け、かつての親衛隊幹部が仲間を募り、酒井さんの捜索隊を組織した。
失踪判明直後に呼びかけたにもかかわらず、捜索隊への志願者はすでに500人を超えているらしい。
捜索隊は6日朝に甲府駅に集合し、幹部の指示に従って手分けして捜索を始める。
大部分は会社員だが、会社に辞職届を出して参加する人もいるようだ。

旧「のりピー親衛隊」の幹部で、今回捜索隊を組織したマンモス法夫さん(48歳、僧侶)のコメント:
「今こそ私たちの本当の力が試されるときだと思います。全力で守りたい」

のりピー失踪当日、山梨県身延山付近で所持していた携帯の微弱電波をキャッチした事を受け、かつてののりピー親衛隊の面々が、捜索隊として結集。最初この記事を見て、不謹慎ながら笑ってしまったけど、彼らは本気。人命がかかっているのですよコレは。
既に、アイドル歌手でもなんでもない人妻となってしまったのりピーに対して、500人以上ものかつてのファンが集まる。これは凄いことだと思う。笑った自分を今は恥じております。

とにかく、がんばって見つけ出してもらいたいと思います。

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もしかしてストーカー?

怖い話をひとつ。
これは、昨日もあった事なんだけど、オレってばストーカーされてんじゃないの?・・・
っていう話。

別居状態の女房とは2度目の結婚なんだけど、今、オレがこういう状態になってからというもの、別れて7年余り、それまで全く会うことがなかった前妻に街中で偶然遭遇する機会が増えている。

たまたまばったり…っていう一度や二度のことなら"ストーカー"だとか、そんなこと思わなかったんだけど…

事の発端は数ヶ月前にさかのぼる。
週末、朝まで遊んでて、駅に向かう道の途中にボーっと立ってたのが最初。
まあ、過去には色々あったけど、久しぶりに会ったてことで、そのときは「元気?」なんて、普通に話してた。
でも、その後、まるで自分の帰宅時間とかを知ってるかのようなカンジで、頻繁に、歩いてると偶然を装ったカンジで向こうからやってきたり、仕事場の前の通りを歩いていたり、どっから仕入れてきたのか、番号変えた携帯に電話がかかってきたり…

そして昨日の夕方…
コンビニで弁当物色してたら、後ろから肩叩かれて、振り向いたら前妻がそこに…。

偶然と呼ぶにはあまりにも多すぎる遭遇頻度。向こうに何らかの意図があって動いてるようにしか思えない。

マジ、怖いんですけど!!

確かに前妻とまだ一緒だったときに、オレの方から、今の女房と浮気してて別れを切り出した訳だから、前妻には恨まれて当たり前なんだけど、なんていうの?…その…風貌…がさ…"変わり果てた姿"って表現がピッタリくるようなナリなんだよ。
確かに昔っから太めではあったんだけど、今のそのナリはまるでマツコ・デラックス?(プッ)そんな感じになってるんだわ…

恐らくうちの親とは今でもたまに連絡を取り合ってるみたいだから、聞いたんだろうね。別居した事を。それで、何か思うところがあんじゃないのかね?
最近はオレも、会ってもシカトするし、携帯は着信拒否にしたし、多分そのうち刺されるんじゃないの!?
暗い夜道の背後は気をつけないと…

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"40"

何日経てば ボクは40
キミは今頃 何してるのかな
車売ったし 部屋は賃貸
(だけど)ビデオは買った(けいおんDVD)
今夜も一人... (はうぁ泣)

午前零時に 千鳥足で帰る俺の日々
コンビニで買った 弁当小脇にのけぞるだろう

もう少しで 40AGES 気になる(Un)Happy Birthday
エビスと発泡酒 どっちを選ぼうか


はうあ...もうすぐ、40ですわワシ。
ツーコッテ、ムーンライダーズの"30"を改悪ってみましたワイw
それにしても、40歳になるという実感...というものは皆無だが、
"40"
という数字の響き...重み...というものが、無意識のうちにのしかかっている今日この頃...

「オレハ・・・コンナコトシテテ・・・イイノダロウカ・・・」
「ダメ!絶対!」(←誰?)
「だから実家に帰られるんだよ!」(←お前も誰?)
「うっさいわボケ~、こんならだって同じでごわんど~」(←俺が誰だよ!?)


(ちなみに上の歌詞は事実を基にしたフィクションです。本気になさらぬよう...)

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蔦の絡まるジャガー城(村上本店)で何かが・・・

http://www.beeast69.com/story/jaguar/

どうやらジャガーが老衰で死んだという。
あの世に行ったら、最近他界したキヨシローや、ジャクソンに会おうと張り切って昇天したらしいんだけど、キヨシローにはシカトされ、ジャクソンには会ったことは会ったのだが、実は、『キャプテン・ジャクソン』だったらしい(大爆笑)

公式サイトでは、怪しげな過去の使い回しマスク画像(ジャガー加齢の画像と同時期か)がトップに置かれ、7/31に更新されている様だが、脂肪に関しての何のインフォもなく、ネタだったとしても、あまりにも意味不明である。

新手の売名行為か?(ならないならないw)

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Who's gonna make it fun?

http://www.beeast69.com/story/jaguar/

泣きたくなってくる…マジで…

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おひさしぶりっす!

ご活躍のようで何よりでございます。
まさに青天の霹靂。こんな形でネット上での再会(一方的な)があるなんて...
...そう、私はちょうど20年前までY先輩とバンドをやっていたドラムのK森っす。ご無沙汰してまっす!

私がバンドをやめDJの真似事をやりつつ、アメリカに逃亡してからというもの、先輩の同級生だったKさんのバンド、"M"は、私も一緒にバンドをやっていた事があった同じ学校の下級生だった"I"が加わりメジャーデビュー...と、そっち方面の話はよく聞いていたんですが、先輩がどうしてしまったのか...それは、私が気になっていたことのひとつでした。
どういうリンクを辿ってか...確か"M"の関連で先輩の名前を冗談でググってたら先輩のサイトに辿りついたんだったけか...このK森、誠に失礼ながら、これまで一向に聞こえてこない先輩のお噂、近況に、先輩は音楽から足を洗ったものだとばかり思っていまして、そんな時、自分のYMOとは別のもうひとつの原点回帰、"BOφWY"、ひいては、"バンド"というものへの憧憬が再び蘇り、"あの頃"の時代がとても懐かしく、40になって、かつてたしなむ程度の腕前しかなかったギターを再び始めた次第であり、「先輩、どーしてんのかなー」なんて思うことしばしば...

さて、先輩のブログやフォトギャラリーなどで見れる最近のお姿、昔とまったくお変わりなく、凛々しくクールな容貌に、怖くて冗談なんか言えなかったあの頃の自分に戻ってしまいました。いまや、自分も結婚を二度し、別居...と、壮絶な私生活を送りつつも安定した職を得てそこに逃げ込んでしまいましたが(自分のやった事と言えばジャガーを再び活動させるきっかけを作った事ぐらいかwww)、自分は昔から"I"がメジャーに行けて先輩が行けないはずがない!と常々思っておりましたが、数年前からご自身のバンド活動と平行しつつ某大物シンガー(女)のサポートをされているとのことで、それが、本当に自分の事のように喜ばしく思っております。

それにしてもウチの学校は凄いわ。ホントに"バンド学区"だったんだなと実感しております。
特に先輩達の世代は、今でも活躍してる方々がたくさんいて、さすが"コムサデとんねるず"優勝は伊達じゃねぇぇぇっ!!!なんつってwwwww

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推して知るべし

http://mayosuzu.exblog.jp/
このオレが、このリンクを張る意味…
わかる人のみわかればそれでいい…
…にしても、ヘンだよ…このひと…

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田代神降臨w

田代まさしの"いらっしゃいマーシー"

ちょっwwwww
これは、久々のインパクト。
懲役から揚がって来たマーシーの芸能界復帰第一弾!と銘打って、例の、"ミニにタコ"で下野して以来5年ぶりの本格テレビ復帰!!…といってもCSですけど。
早速見てみやした。幸宏の『Page By Page』のジャケットを髣髴させるいでたちで登場。緊張で口の中が乾いているのか、
「あなたホントに芸能人?」
と思わせるほどのかつぜつの悪さ。それをフォローすべく顔の曲がった吉田豪が受け口でしゃくれながらアシスタントを務める。
「な、なんなんだ…この番組は!?」
ただただ絶句。
シャネルズ時代から始まって、オールナイトフジ、夕やけニャンニャン、季節はずれの海岸物語、そして一連の志村けんの番組と、子供の頃から見てきた"神"が、下らないとわかっていても繰り出されるダジャレに、これがこの人の才能と、見出していた自分にとってこの不思議な絵面の衝撃の大きさは、実際ファンでもなんでもないけどかなりのものだった。
画面に映し出される"神"は、格好こそ小洒落てるものの、競馬場ではずれ馬券を拾っている人生に疲れ果てたオヤジが、司会に担ぎ上げられて困っているような"素"のマーシーだった。
「これ…ホントに田代???」
そう思えるほど、バラエティーに出まくっていた頃の面影は、一切消え去っていた。

第一回目ゲストはホリエモン。同じ拘留者同士、東京拘置所の話で盛り上がる。独居房にカメラがあるのを知らず、オナってしまった神。そんな地上波ではありえない話が延々続けられていく。衝撃の30分だった…

http://www.mondo21.net/tashiro

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けいおん!

唯…りっちゃん…ムギ…
みんなかわいいけどさ、でもねー…おらぁー澪ちゅわんにマジ惚れしたっフ。あのおみ足鑑賞してるだけでTake To The Bridge状態っフw
萌え萌え~~~キュン!(人生オワタ)

いまやかなりヤヴァイ状況で進行しているアニオタ度。属性はツンデレ。
でも、ちょっと待てやあ!www おらあ~デブヲタでもニートでも童貞でもNE-YO?…結婚だって二度してるし。ん~~ま~どっちかというと~…オレってイケメン?wwwオッサンだけどw

結婚生活おける3次元の女(女房)に対する理想とかけ離れた現実が重くのしかかり、抱いていた理想が全て幻想だったのだと気づいてしまった…ってところが落とし穴だったというか…
全ての元凶の始まりは『るろうに剣心』だったのかもしれない。ジャンプ連載初期の御庭番編の初登場からツンデレな恵に惚れて、後にアニメ化された時に恵の作画とCVにがっかりしたりして…。それまでそんな見方では、一部の例外を除いて漫画…アニメを見たことなど無かった。が、しかし、それも京都編、OVAの人誅編で終わったはずだった。そんな思いは『るろ剣』だけに限ったものなのだと...
ちょうどその頃から結婚を前提とした前の女房との付き合いとかがあって、もう2次元に"萌え"を見出す事なんてなくなっていた。一部の例外…そう、ガキの頃からの"ファースト原理主義"ともいえるほど偏愛した『ファースト・ガンダム』と、津山さん好きではあったものの、どっちかと言うとキャラ云々よりも作品のトータル的なファクターで嵌っていた湘爆を除いては…。
そんな中で、セイラさんしか知らなかった自分が、Zガンダムを30代になって遅まきながら体験し、エマ・シーンに恋した時から、今のような状況になる事は間違いのないことだったのかもしれない。
そしてその後も、ルー・ルカ(ZZ)、クリスチーナ(0080)、ニナ(0083)、マーベットさん(V)、ノイン(W)、とガンダム系女子を順に制覇していき、当初は嫌悪していた種ににまで手をつけて、フレイ、ラクス(SEED)と…。
そしてその余韻を踏まえつつケロロ軍曹に嵌り、その後は、Gunsliger Girlのトリエラ、ハルヒ、かんなぎのつぐみ、そして、今更のきまオレ…と、全部、CS放送、強いて言えばアニマックスの影響とかが大きいかと…

と、長々と自分のそんな遍歴を述べてきちまいましたが、けいおん!の話を…
いや~とにかく、澪の存在。これに尽きますな。バンドをやっていた自分としては、もちろん音楽的なところとかも嵌るきっかけとしては重要なファクターではあるんですが、
"黒髪のロングヘアー"
"切れ長の目"
"グラマーな体つき"
"怖がり"
"恥ずかしがり屋"
"でも普段はツンとすましたお姉さま系"
…とツンデレ好きな自分にとって、いくらでも"萌え"の要素を含んでいる澪は、それまで好きだったかんなぎのつぐみの健気さの上を行くもので(自分的にね)、「造形のクオリティー高けえフィギアとかねーの?ちょっと尼見てくる!!」てな感じになっている今日この頃。
「えっ!?鮎川まどかとあかねはどーしたって!?」
「あーそれも好きですねークックックッー」
「…嫁は怒ってないかって!?」
「…あーえーと…別居しましたよー(大爆笑後、大号泣)」


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MJ is Dead

今朝ネットをパラパラやってた時に知った、マイケル・ジャクソンの死。享年50歳。
どうゆうわけか、最初に思ったことは、「ああ…やっぱりな…」だった。
そんな”予感”は、幼児虐待あたりからのエキセントリックな行動が最初で、ほんの数ヶ月前、いきなりの長期ロンドン公演をぶち上げたとき、それは、死地へ向かっている”予感”ではなく”実感”に変わり始めていた。
自分的には、別段強い思い入れは無いものの、女を釣るために『BAD』の頃、東京ドームに観に行ったことがある。その頃ってのは、HIP HOPや、NJSの誕生間近のR&Bの勢いが次第に大きくなりつつあった頃で、『Off The Wall』からのプロデューサー、クインシー・ジョーンズとの大作然とした作品のマンネリ化が、これをピークに音楽的には本来のブラックミュージックからかけ離れ、同じ黒人からは揶揄されていた時期。実際、HIP HOPやNJS旋風吹き荒れる前夜、ディスコでマイケルの曲など掛かることが無かったし、仮に掛かったとしてもノリにくかっただろう。後に、時の人、テディ・ライリーに擦り寄って作り上げた『Dangerous』では、”天井人下野”じゃないけど、はやりの音で、バルセロナオリンピックのドリーム・チームに沸くマイケル以上のスーパースター、マイケル・ジョーダン、マジック・ジョンソンをなりふり構わずPVに駆り出し(エディ・マーフィー、Heavy D、ホーム・アローン人気のマコーレ・カルキン、ガキラッパーのクリス・クロスなんかもいた)権威回復を目論んだが(結構いい曲が多い)、そんな直後の虐待報道。それ以降のマイケルは、音楽的な評価以前に好奇の目に曝される珍獣のごとく扱いで、後の『HIStory』ではR.Kelly人気にあやかった『You're Not Alone』があったものの、以前ほどの注目をされることはもうなくなってしまった。

さて、芋ヲタ的には、YMOとマイコーの関係も語らなければならないだろう。
YMOのセカンドアルバム『Solid State Survivor』に収録されている『Behind The Mask』。いかにもロック然としたコード進行で作られたこの曲は、元々セイコーのCM用に78年製作したイントロ→Aメロだけだった曲にサビの部分を幸宏が追加して、『作詞:クリス・モスデル、作曲:坂本龍一・高橋幸宏』だったものを、プロデューサーのクインシーがLAのYMOのライブでこの曲を気に入りマイケル聴かせ、マイケル自身がメロディーを追加し補作詞をしたこの曲は当初、『Thriller』に収録される予定で、実際、トラックまで作られていた。そして、その話がYMOサイドに来たとき、マイケル側は法外な条件を提示してきた。

”版権を委譲し、クレジットにはマイケルの名前だけを載せること”

その話を前後して、作曲者である教授、幸宏間でこの曲の版権の分配を巡って争いをしていた…そんな問題がようやく解決した頃のこと、結局”作曲者”は、坂本龍一一人になったのだが、マイケル側から提示してきたその条件に加えて、「とりあえずどんなもん作ったのかデモを聴かせてみろや」という教授のオファーをもマイケル側は受け入れず、結局このトラックはお蔵入りになってしまった。後に、マイケルのアルバムを手伝っていたGreg Philinganesがそのマイケルが補作詞したヴァージョンでカヴァーし、何故かEric Craptonまでもがカヴァーして、周知の事となる。
あー、教授って凄いんだね。知ってたけど。[2009年7月7日加筆修正]

クインシーとの共同作業に脂が乗り始めた『Thriller』。派手なPVによって、表題曲だけがとりだたされるが、その最高傑作のアルバムの中に収められている『Billie Jean』。整形前の”本物”のマイコー。色も黒いし今見るとおかしな顔だが、それは、今を知っているからであって、その当時は何とも思わなかったのになあ。黒人であるというコンプレックスだったんだろうか。とにかく、ただただ合掌ですな。

マイケルの曲で一番好きなのはコレ。って、いってもリアルタイムでなく、DJを始めた頃にDISCOクラシックスとして聴いたのが初めて。80年代初頭親父に連れて行かれたムゲンの雰囲気が蘇ってくる名曲

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こちら、久々の...入れ歯外してハーモニカ(大爆笑)

新曲の、「「ザ☆ピーナッツ」」 が、イイゼ!

どんな新曲だかしらんけんども、未だ”ちば”といえば”JAGUAR”という高貴なプライドのもと、町興しwの為にがんばっていらっしゃるご老体、八街の落花生とアナクロノスタルジックな”ザ・ピーナッツ”をかけてるわけですかね?
いやはや何とも、ほんのわずかな脳細胞で右下75°あたりをいくイマジネーションを駆使し、森田健作何するものぞの意気込み、おみそれしやした(大爆笑)

そういえば、まだやってたのねw需要あるの?
ちばといえば、いまや森田健作って、カンジなんだけど...

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そして、あの夏のはじまり

さて、コミック版、アニメ、OVA、劇場版と、連綿と続く『きまオレサーガ』を辿ってきた旅もようやく、大団円?を迎えるべく、恭介がひかるを振り、まどかとくっついた『あの日にかえりたい』(以下”あの日”)から劇中の時間で1年程が過ぎ、高校を卒業し、同じ大学へと進学したまどかと恭介。
現実には、『あの日』の公開された1988年から、8年が経過した1996年に公開って...なんでそんなに時間が空いての続編だったんだろう? 
消化不良を起こしてた『あの日』のフォローをするんでも時間空きすぎだろ?

簡潔に結論だけ述べると、この作品は、”まどかと恭介がヤル”映画。いや、精神的にも肉体的にも結ばる映画。
といってもそんな描写は、冒頭と終盤に出てくるだけで、ハッキリ言って、この作品は、前作、『あの日』におけるまどかの存在感の薄さと、物議を醸したストーリー、中途半端な終わり方、それらのに対する反省の意味を踏まえた後日談以外の何物でもなく、ハッキリ言って蛇足。賛否両論だった『あの日』のほうのが、ある意味での結論で、まだ作る意味があったし、何しろキャラデザが高田明美でなく、なんとものっぺりした血の通っている感じがしない22歳のまどかのあの顔で、「SEXだよ」とか言われてもなんとも...
タイムスリップする状態にしてもイマイチ理解できない。交通事故のショックで恭介が3年後の未来にタイムスリップするんだけど、そこから戻ったときに、自分が自分に電話を入れるって、何で。その事故に対する記憶があれば戻ったときに自分自身が気をつければいいんだし、電話する意味無いじゃん。
まあ、それでも恭介が”鮎川”から”まどか”に呼び方がかわるきっかけとか、ボスニアから帰ってきた恭介が、それまでいつもオドってた立場から、まどかと対等に渡り合ってる姿とかが、この作品の一番の肝なんだろうけど。

空港で19歳の恭介が帰った後、まどかにケリ見舞われて、チラ見えしたパンツのあとに...
まどか「何言ってんだか。何ヶ月もほっぽらかしにしといて...」
恭介 「ゴメン、今日から何ヶ月も謝り続ける...ナンチャッテ...」
そんな臭い台詞、オレだって言った事あんだかんな!ホントだぜ!


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